俺も、馬鹿なんでさぁ
一応告知しとくか。
Dancing☆Onigiri X'mas Festival 04 〜集え、馬鹿共〜
…ええ、一時期は人生の晴れ舞台のように思っていたDOXFも、私の中での価値はその程度にまで下がっていました。去年の今頃は「来年こそ!」とかいってた気もしますが、何なんでしょうね。作品とか出してませんよ。飛び入りも考えてないし。作れない訳じゃないけどダンおに製作の手順を思い出していくと面倒で…。あとは若い衆に任せた。ってオヤジか
作品は一通り見てきました。いやークオリティ高い(のが多い)ですね。(正直言うとピンキリだけど)。やってて楽しいと思える分、私の中でダンおには完全には終わっていないという事なんでしょう。ただ、キーボードの仕様が変わってあまり激しすぎるキー入力が反応しない事があるので、昔ほど快適には出来なくなりました。そりゃまあしばらくやってなくて腕が落ちたというのもあるでしょうけど。ていうかいつから矢印の色変えるのがあんな簡単になったんですか。俺も1回やったけどあの時は結構苦労したぞ。
作品レビューとかは…俺じゃなくても誰かやるんじゃね? …だと自分としてもつまらないと思うので、後日時間があれば注目した作品だけレビューをしたいと思います。そう言っといて結局実行しなかったことがいくつあった事か…いや何でもない
そうは言いましたが、実際私とダンおにって切っても切れない関係にあると自分でも思います。「東工大を受験したのも、キミがこうして管弦楽団にいるのも、すべては、ボクのかんぺきなけいかくなのサ!」…みたいな(「ボク」=ダンおに ってことになるか)。つまり、プログラミングを勉強しようと思ったのも、音楽を始めてみようと思ったのも、きっかけはダンおにとの出会いだったと言っても過言…かなあ。自分では間違ってないんだけど。
私がダンおにに出会ったのはまさにダンおに黎明期、fixyさんやisoさん、マタタビさんなど、今でも伝説と語り継がれる人が全盛だった頃です。そこでまず第一に自分の中で音楽の世界が一気に広がりました。J-POP離れを起こしたのもこの辺でしたかね。そしてParaFlaソースの登場、フリーズアローの実装、どんどん追加されていく新機能、「Lunatic」作品の登場など、技術の進化をまさに目の当たりにしてきました。当時の少年の目には数々の最新鋭の作品が輝かしく写った事でしょう。…少年?
そして、自分でも無料で作品が作れるってんで早速飛びついてみた所、これがさっぱり分からない。自分の想像していたフラッシュ制作ソフトとのギャップ、訳の分からない暗号のようなスクリプト、思っていた以上の譜面作りの大変さ、などに直面しながらもどうにか形になったのが3年前のDOXFの時のやつです。そうか、もう3年も経つか…。とにかく、そのとき思ったのが「これを超えてやる」という決心でした。自分では訳の分からないものでも、それを一から作った人がいるということ、そしてそれを作った人が天才のように思えましてね。
その後、私はそれまであまり気に留められていなかったデザイン面においてそれなりの評価を得て、ひとまずダンおに制作者の仲間入りをしました。Creative Festivalだっけ。あのあとから受験が本格化するまでが一番楽しかったですね。しかし、その間もスクリプトの改造に関してはあまり手が出せずにいました。だって意味分かんないもん。それに今は分からなくても苦労はしないかな、とも思っていました。大学決まってからゆっくり勉強すればいいさ、みたいな。
しばらくは遊んだり作ったりで割と楽しく過ごしてましたが、いつしかゲームでは物足りなくなってきました。こんな5個しか音が無いやつじゃなくて、ちゃんとした楽器を演奏してみたいとうすうす思い始めてきました。大学に合格した頃には意思がはっきり決まっていましたね。大学では音楽をやろうと。それで管弦楽団なんか入ってみたわけです。その大学というのも将来的にプログラミング含め情報工学を専攻にできるような大学です。まさにダンおに界のパイオニアへの憧れの究極形ですよ。東工大で管弦楽団て。
管弦楽団で楽器を演奏し始めるようになってから、本格的にダンおにでは物足りなくなったみたいです。あと単に時間がなくなったって言うのもありますかね。受験の時の方がまだ暇でしたよ。そう言う理由もあってか、いつしかAnastasiaはただの日記サイトになってしまいました。でも楽器買って生活が安定してきたら路線変更して音楽でもやってみようかなと思ってるんで、とりあえず今は休む時期、という事で。ブログ更新してる分まだましな方だと自分では思ってるんですがね。
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